たぬきの船頭 1

たぬきさんは日々のんびり船頭をやって暮らしています。たまにやって来るお客さんを自分の小さな泥舟に乗せて対岸まで送ってあげるのが仕事です。
たぬきさんが船頭をしている川は、森と山の間にあって、毎日多くの動物が渡っていました。でも、たぬきさんの舟を使う動物は殆どおらず、一日に一匹のお客さんを乗せれば良い方で、あまり裕福とは言えない生活をしていました。
というのもたぬきさんの舟はあまり人気が無かったのです。たぬきさんはとても適当な狸なので、起きる時間も毎日適当だし、働きたくない日は働かないという生活をしていました。それでは舟の運行時刻も滅茶苦茶だし、船着場に行っても向こう岸に渡れる可能性は低いです。多くの動物は少し離れた橋までわざわざ歩いて移動していました。
ある日、たぬきさんは何度目かの金の無心をしに、知り合いのフクロウの家に行きました。フクロウはお金を渡す代わりに幾らかの説教をたぬきさんにしました。
きちんと毎日起きること、決まった時間に舟を出すこと、その時間を明示しておくこと。そういった当たり前のことをすれば、たぬきさんが今より裕福になること、舟に乗る動物たちに感謝されること、それが毎日を満ち足りたものにすること。
太陽が落ちるまでフクロウの説教は続きました。たぬきさんは「ありがとう」と言って家に帰りました。
そして次の日もお昼まで寝ていました。


またある日、たぬきさんは夕方に起きてきて、御飯を調達しがてら森をフラフラしていました。すると道の向こうから、とてもキレイな毛並みのウサギさんがやってくるじゃないですか。たぬきさんは一目で心奪われてしまいました。
ですが、たぬきさんはウサギさんに声を掛けられませんでした。たぬきさんは声をかけられなかったのは毛並みのせいだと思いました。ウサギさんは素晴らしく白くてキラキラした毛を輝かせているのに対し、自分の毛は整っておらず、とても汚らしくみすぼらしいものだったからです。きっと、そうだ。たぬきさんは思いました。
たぬきさんは急いでフクロウの家に行き、「また金の無心かい」と呆れ顔のフクロウに、どうすればキレイな毛並みになれるのかを一生懸命聞きました。フクロウは「そりゃあお金を稼がないと。その日暮らしの今の君では毛並みなんかに気を使えないさ」と言いました。たぬきさんは、お金持ちで銀の毛皮を持つキツネのことを思い出し深く納得しました。
そしてどうすればお金を稼げるようになるのか、ということをフクロウに聞きました。フクロウは言いました。きちんと毎日起きること、決まった時間に舟を出すこと、その時間を明示しておくこと。たぬきさんは一生懸命聞いて、お金持ちになることを決心しました。


次の日、たぬきさんは早起きをして舟の運行表を表に立てました。そして朝からまんじりともせず、お客さんを待ちました。ですが、お客さんはいつもどおり来ませんでした。こちらがどれだけ変わっても、みんなそんなことには気付きません。そんな日もあるさ、と思ってたぬきさんは家路に着きました。
また次の日、たぬきさんは朝早くから船着場に行きました。その日はたぬきさんの舟の数少ない常連客のイタチが来ました。イタチは、たぬきさんが溌剌と働いているのに驚きながらも、どうせ三日坊主さと言いました。たぬきさんは「まぁ見てなよ」と言いました。その日はイタチ以外にはお客はきませんでした。
またまた次の日、連日の早起きと昨日の頑張りが効いてしまったのでしょう、たぬきさんは寝坊してしまいました。まるでイタチが言ったことが当たったようだと、たぬきさんは悔しく思いました。その日は水曜日でした。そこでたぬきさんは「水曜は休業」という札を船着場に立てました。これならルールを破っていないだろう、と考えたのです。
木曜日は、たぬきさんはきちんと働きました。でも、金曜になってなんだかやる気がなくなってきました。段々何のために働くのか分からなくなってきたのです。お客さんが来ないのは相変わらずだし、ウサギさんの美しい毛並みもそこまで興味を惹かれるものだったのか疑問に思ってきました。色々考えなきゃ、と思ったたぬきさんは土日を休むことにしました。
月曜日になっても、船着場には「休業」の札が掛かっていました。


つづく。(たぶん)